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海外展開の武器は価格でも規模でもない――“アニメ”という文化資産を切り札に未来を開く。

芸術の順番という遊び

みなさんは芸術に順番が付いてるのをご存知ですか?これはほとんど口語で使われるんだけど、フランス式の“芸術の順番”は、だいたい〈①建築、②彫刻、③絵画、④音楽、⑤文学(詩)、⑥舞台芸術、⑦映画〉までが古典の柱で、そこに戦後メディアが乗って〈⑧ラジオやテレビ(写真を含める説も)、⑨バンド・デシネ=コミック〉なのよ。実はこれ、フレンチアカデミーが決めたのではなくて、最初に「芸術を順番に並べよう」と言い出したのは、イタリア生まれでパリに住んでいたリッチョット・カヌードという批評家。1920年代に彼が書いたマニフェストの中で、映画を「第七の芸術」と呼んだのが定着しました。映画理論の方ね。彼にとって映画は、空間を扱う芸術(建築・彫刻・絵画)と、時間を扱う芸術(音楽・詩・舞台)を統合する“総合芸術”だったわけです。オペラはどうなのよ?って感じだけどね。

第九芸術とは

第九芸術特別展

その後、テレビやラジオが普及すると「じゃあ第八はこれで」と呼ばれるようになり、1960年代からはフランス語圏で漫画(バンド・デシネ)を「第九の芸術」とする表現が浸透しました。新聞や評論家が自然に広めていったので、“お国の公式決定”ではなく、文化人たちの会話や評論から一般化されるようになったんですよね。

今回、私が『ルックバック』を観て思ったのは——アニメをこの体系に入れてもいいのでは、ということでした。

『ルックバック』に泣く

(原作読んでません)

泣きました。一回目は母親目線で子どもの成長を見守ってしまった。最初の事件で、ああああああこういう伏線になるのか。。と、当時京都にいたからあの日の事はよく覚えている。宇治は少し離れているけどあの日の衝撃は忘れられない。

——アニメは進化してる。。あたし高畑勲のかぐや姫も衝撃だったんだけどさ、、、個人の記憶とか痛みとかを、声高に語らず、画面をしかも、精密画でない線の図だけで凝視させて汲み取らせるのよ。この集中力を使わせる手法なんなのよ?もう衝撃よ。

そして、一回見終わって、それからまた見返した。最初の頃の藤野のセリフがとてもとても深いのだ。最初の小学生の4コマ漫画が、、、ちょっとグロいなぁ(交通事故とか血とか)と思ってたら、そうつながるのか。。重い。重い。そして、実際に京本になってしまった京都に住んでいた若い人たちに思いを馳せる。そうだ、彼らはたしかにあの日まで京都に住んでいたんだ。若い彼らは絵を描くはち切れる才能とパッションを宇治のスタジオで放っていたのだろう。(おばさん、もう号泣)

——アニメは進化してる

社会と個人の距離感を、過剰な説明なしで観客に委ねられるまでに。

名シーンの雨の中のスキップ。しつこいほど長伸ばし。すごいな。映画じゃん。カメラワークといい、光といい、もう芸術。手塚治虫ができなかった、映画を作ってる。一回目は構図に感動し二回目は絵を鑑賞できる。

——アニメは進化してる

「間」と「無音」で語る技術は、もはや芸術。もう第八の芸術としてもうフランスアカデミーみとめろよ。って感じ。なんかこの一秒に何十枚もセル画描いてるでしょ?みたいのが素人目でもわかる。

お話は、才能のある二人のシスターフッド。というのかな、愛だね。たとえ環境が違っててもでもお互いのレスペクトは続く。アーティスト同士の尊敬。アーティストだけが知る世界なのだ。これを家族や夫婦や兄弟に置き換えても愛は愛。

アニメ全体に広がる山形の美しい背景。雪の音、一回だけ行ったことがある山形。銀山温泉。将棋の駒で有名な街。雪がすべて音を吸い込むのだろう。これは京本(のような名も無いアシスタント)が描いたんだね。ありがとう。ありがとう。そうなんだ。アニメを見ただけでも私はなんか心揺すぶられた。ありがとう。

——アニメは進化し続けている

こんな質の背景と演出が、日本のすごさ。ピクサーの3Dがどうした?って感じ。ほんと、全くの逆方向で大好き。

短尺CMでも同じ衝撃

さらに驚いたのが、ふとおすすめに出てきたWebCM。ロッテの数年前の作品だそうですが、商品の訴求方法が実写以上に説得力を持っている。実写なら嘘っぽく見えることが、アニメだと自然に信じられてしまう——この逆説的なリアリティ。

短い時間の中で“感情が論理になる”導線をきちんと設計できる。これはやはりアニメ特有の技法であり、日本の「お家芸」と呼ぶにふさわしい。

まとめ 日本はまだまだ強い


映画は好き。でもアニメは滅多に見ない私が、『ルックバック』で泣いて、短尺のアニメCMで“確信”した。——アニメは進化している。すごいわねーー。
雨のスキップの“長い間(ま)”、そのままCMの秒単位の設計に接続していく。感情が論理になる導線が、ここまで自然に、ここまで高密度二表現できるってあんた何者なの?

「日本すごい」と軽く叫ぶ流行りの自己暗示ではない。あたしがいうからね。事実としての“すごさ”なのよ。(抽象的な言葉でごめんなさい)日本はまだまだ終わってない。。職人の分厚い層:背景、美術、撮影、音、すべてのクオリティの高さ、そしてアニメって言語に依存しない伝達がない?それもすごいわね。世界にも名匠はいる。けれど、このレベルの仕事を産業の“普通の水準”として回せる国が、ほかにありますか???ピクサーの3Dは別方向の頂でそれはそれだまたいい。コンセプトもいいし、ソウルやインサイドアウトは私も大好き。でも日本の2Dにこだわり続けた絵画からの完成度って、別の山でほぼ頂上にいませんか?広告にまで平然と応用できるところが、ごめん、私が普段しない日本絶賛ね。あたし、いつもしてないからね

まぁ、私、中小機構のアドバイザーもしてるから言うけどさ、人は心が動くと、財布も静かに動わけよ。そこもっと研究していきたいですね。。

« Look Back » : un film d’animation qui capture la joie et la souffrance de la créativité artistiqueLe manga à succès de Fujimoto Tatsuki, Look Back, qui met enwww.nippon.com